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住まい=家の3つの価値(機能) 使用価値 資産価値 安全性

2021年1月19日

あなたは住まいに対して何を求めていますか?安らぎでしょうか?それともくつろげる快適性かもしれませんね。またはスーパーやコンビニが近いなどの利便性を重視していることもあるでしょう。ここでは、住まいというものが持つ価値や機能について検証してみたいと思います。

大きく分けると住まいには以下3つの価値や機能があります。それは「使用価値」「資産価値」そして「安全性」です。

1. 使用価値

これは住んでいる人が感じることができる価値全てです。この価値は極めて主観的であり、絶対評価で成り立っています。住んでいるあなた自身が日常生活で感じられることは、すべてこの使用価値として表現できます。

ですので、住んでいない他者にとっては、同様に価値として感じられるものもあれば、何ら価値として感じられない項目もあるということです。たとえばあなたが近所に大きな公園があることを嬉しく思い、価値として感じていたとしても、公園に興味がない人にとっては何ら価値を感じないこともあります。

それどころか、公園に集まってくる人の声がうるさいと感じる場合、公園が近いことは価値どころか欠点にもなり得るということです。つまり使用価値というのは万人に通用するものでは無く、極めて属人的な、住んでいる人だけが感じている価値といえます。

2. 資産価値

より多くの人が「この家を買いたい」と思うほど物件価格は上昇します。逆に何かが起こって売却したいという人が増えたり、買いたい人が減った場合は物件価格は下降します。あらゆるモノの価格は需要=買いたい人と供給=売りたい人の数のバランスで決まるので、不動産も例外ではありません。

よく物件価格と資産価値を混同する人がいますが、これらはまったく似て非なるものです。というのも物件価格は上がりもすれば下がりもするものですし、資産価値というのは物件そのものが持つ普遍的な価値を指します。

不動産屋で「この物件は価格が上がっているから資産価値が高いですよ。」と言われることがあるようですが、以前は人気で価格が上がっていましたが現在は暴落して売れず、見る影もない物件も不動産市場はたいへん多く流通しているのです。「価格が上がっているから資産価値がある」は間違った表現と言えます。

商品においてなんでもそうですが、人気というのは長い時間軸で見るとほとんどが長くは続かず、一過性のものです。流行という言葉に置き換えることもできます。こうした流行が不動産市場においても過去から連綿と起こされて、大量に販売されてきました。

ある時は郊外の庭付き一戸建て、ある時は湾岸部や川沿いのタワマンなど、いわゆるブームと呼ばれる現象が起きたものは、それが廃れる可能性があります。ではなぜ一時的に価格が上昇したのに、その後は下落に転じて最悪の場合は売却すらできなくなってしまうのでしょうか?

それはもともと、こういった物件というのが、そのもの自体に本質的な価値=資産価値が無かったからといえます。高度経済成長期を経て、日本人の意思決定に大きな変化が起きたと言われています。それはテレビが普及し、CMや広告などの宣伝によって「欲しい」と思わされたものを買うようになった点です。

それまで、物を買う時には何が欲しいかをじっくり吟味したり、実際に商品を見比べて「これは自分にとって本当に必要なモノか」を見極めて買う買わないを決めていました。それがテレビが普及しだすと、映像の刺激もあいまって自分にとって本当に必要かどうかよりも「みんなも買うから、自分も買う」ようになります。

昨日より今日、今日よりも明日が豊かになると信じられた時代、それが高度経済成長期でした。戦後の焼け野原の何もない状態から、たった10~20年で家庭にはテレビや洗濯機、そして冷蔵庫などあらゆる電化製品が普及し、車も持つようになったので駐車場付きの広い郊外の戸建ブームが起きたのです。

ともかく、広告宣伝などのあらゆる手段で人々の購買欲求を刺激続けた結果、日本人の多くは「自分が必要とするもの」を買うのではなく、「人から欲しいと思わされたもの」をあまり深く考えずに買うようになり、あちこちで行列が出来たり「みんなが買っている」ものを欲しいと思い競い合って買うようになりました。

こうした「自分はこういう生き方をしていくから、それに必要なモノを買う」という自分軸が無く生きている多くの人々が購入するモノというのは、ブームが起きて一時的に価格が急上昇しますが、飽きると下落するということになります。「人が欲しいものが欲しく、人が欲しく無いものは欲しくない」ためです。

不動産もまったく同じことが言えます。高度成長期からバブル崩壊までは、人々は豊かな暮らしはモノを持つことだと信じ込まされて、多くのモノや車が置ける広い家を求めていましたし、地方から都会へ人口流入が続き住宅需要がひっ迫、供給が不足し続けるため不動産は上がり続けるという土地神話もありました。

だから今では信じられないような不便な山奥の土地をブルドーザーで切り開き、住宅を供給するとそれが飛ぶように売れました。「みんなが欲しいものが自分にとって本当に必要なモノなのか」という自己検証がされていれば、車の運転や歩くことがおっくうになる年齢になることを前提に選んだかもしれません。

高度経済成長期の戸建ブームが、2000年代に入ると都心回帰現象からタワマンブームが巻き起こります。タワマンは郊外の団地よりも深刻な問題を引き起こすとも言われています。それは修繕と空室リスクです。

タワマンに限らずマンションというものは、その性質上、住民という他人同士でマンションの土地や建物といった財産を共同管理する宿命を負います。そのため管理費や修繕費が適切に徴収、管理されていかないと管理不能な状態に陥るのです。

実際、地方に限らず首都圏でも空室が増えてしまい管理状況が悪化しているマンションが増えています。加えてタワマンというのは、その高さゆえに足場を組むことができないため、大きなクレーンが必要となったり、かなり特殊な修繕作業となるため修繕費が莫大にかかります。

もし仮に将来、子や孫の世代に相続放棄されて空室が大半になった時、適切な管理費や修繕積立金が確保できない状態になったタワマンというのは、一体どのような姿になるのでしょうか?「砂上の楼閣」私にはこの言葉が頭に浮かびました。

このように人気や流行で価格が高騰したとしても、それは真の資産価値とは言えないことが何となくイメージで来たでしょうか?それでは時代が変わってもあり続ける資産価値とは、一体どのような物件が持っているものなのでしょうか。それを検証してみたいと思います。

これはあくまでも私の考えですが、真の資産価値というのは、いつの時代も変わらない普遍的なものだと思います。つまり価格が変わっても変わらない価値ということです。価格というのは極めて相対的です。なぜならいくら値上がりしたとしてもそれ以上にインフレになれば実質価値は目減りしたことになるからです。

それに対して資産価値というのは、100年前も1000年前も、逆に100年後も1000年後も有する普遍的な価値だと私は定義します。「え?そんなものがあるの?」「どうやってそれを見極めるの?」という声が聞こえてきそうなので、そこを考えてみたいと思います。

人が住まいを選ぶ時、何を重視するのでしょうか?「仕事」「学校」「家庭」「趣味」「安全性」「快適性」「心地良さ」人それぞれの要素があると思います。さてこの中で、時間軸が長くなればなるほど変化するものは何でしょうか?

おそらく「仕事」です。約200年前の江戸時代と比べても、働き方は大きく変わっていますし、さらにはるか数万年前の狩猟採集生活とはまったく働く=糧を得る工程が異なります。思えば人類は発生から数百万年という長い間、獲物を追い求めて移住する生活をしていました。

それが今のように住所というものがあって定住するようになったのは、稲作が始まってからの約1万年程度です。そうやって考えてみると、時間軸の取り方で変わりますが常識というのは普遍的なものでは無く、移り変わるものなのですね。

コロナをきっかけに住まい選びの「常識」が大きく変わろうとしています。なぜならばテレワーク化に伴ってこれまで週5勤務だったのが週1~2、場合によっては月1~2回という勤務形態が増えてきているからです。

こうなると通勤のために駅近が人気だったわけですから、近年の傾向だった職住近接をするための「駅近」という概念が、ともすると過去のものになる可能性があります。もちろん、駅といっても様々ですから今後も住みたい人が多い駅もあるはずであることは言うまでもありません。

一方で首都圏の「駅近」のなかには、ただ通勤時間が短いからという理由だけで選ばれていたエリアが数多く存在します。「東京駅から〇分で駅から徒歩5分」というスペックだけの物件というのは、周辺環境が魅力的でないと今後は価格が下落する可能性があります。

ではどういったエリアが価格が維持または今後も上昇する資産価値を有し、逆に価格が下落してしまうのでしょうか?さまざまな考え方があると思いますが、私は「希少性」と「魅力=チャーミングさ」をキーワードとして挙げたいと思います。

より多くの人が住みたいと思うほど、価格は維持または上昇します。では通勤から解放された時、どのような場所に人は住みたいと思うのでしょうか?それを考えるうえで、私はいわゆる「観光地」にそのヒントがあるように思います。

みなさんはまとまった休みがあって、十分なお金があったらどこに行きたいですか?または滞在したいですか?こうした地域や建物のイメージが、人が普遍的に住みたいと思う場所=資産価値のある住まいのイメージと近いのではないかと考えます。

金曜日の夜、仕事を終えて土曜日は早朝からどこへ出かけましょう?そうやってお金と時間をかけても行きたい場所こそ、勤務先や通勤といった仕事のことを考えなければ、あなたが本来は住みたかったり滞在したかった場所なのではないでしょうか?

通勤に縛られていたから、平日は長時間の満員電車に揺られ、休日はこぞって遊びに出かけるから渋滞にはまって不毛な時間を浪費してきました。時間とは命そのものですから、限りある時間を有効に使うためにも「住みたい場所に住んで働く」というライフスタイルは幸せに生きるうえでとても重要です。

地名を聞いた時、なんとなくワクワクする場所ってありませんか?通勤から解放された時、人はほんとうに住みたい場所を選択できるようになります。時間=命そのものですから、長時間の満員電車通勤で疲弊した人生を過ごす無駄を省ける時代が来たことは、ほんとうに喜ばしいことだと思います。

3.安全性

 そもそも住まいとは何のために存在するのでしょうか?もちろん、家の存在意義は人それぞれだと思いますが、自分や家族の大切な命や財産を守ってくれる存在として考えると、私はやっぱり「安全性」を最優先に求めたいです。

 日本は世界トップレベルの災害リスクに晒されています。台風の通り道のため風や雨の災害リスクが高く、また梅雨や秋雨などの雨季には線状降水帯が形成され、未曽有の雨災害に見舞われることも年々、増えいています。

 さらに環太平洋造山帯という地震の巣窟に位置するため、世界で起きた震度5以上の巨大地震のうち、なんと4分の1がこの小さな島国で発生しています。さらに首都圏は北米プレートや太平洋プレート、そしてフィリピンプレートが付近で重なり合うため、世界屈指の地震リスクに晒されています。

 地震が起きると建物の倒壊だけでなく、日本は木造建築が主流のために火災リスクも大きいです。過去の大地震でもそのほとんどで火災が発生していますから、地震と火災はほぼセットで起きると考えておくのが賢明です。

 そのうえ、富士山や箱根、そして浅間山などの活火山もあるので噴火による火砕流や火山灰のリスクもあります。火山灰は「たかが灰」ではなく、たとえると微細なガラス片が降ってくるようなものですから、ほんの数ミリ積もっただけで線路と車輪が滑り、鉄道など公共交通機関がストップすると言われています。

 このように風害、水害、地震、火事、火山などなど、災害のオンパレードのようなエリアで、安易に住宅ローンという高額な借金をしてまで家を買うというのは、世界から見れば狂気の沙汰に見えているのかもしれません。ですので購入する場合は賃貸以上に相当、慎重な住まい選びをする必要があります。

 ただ、一筋の光明はあります。というのもこれだけ災害大国でありながら、皇室は古くから続いていたり、江戸幕府も300年近く続きました。江戸時代だけ取っても、何度も地震や火事に見舞われているのに、徳川家が避難をしたり途絶えたことは無いんですね。

 つまり世界的に見ると災害リスクが高い日本だからといって、ひとくくりですべて危険とは限らないということです。日本全体として比較的リスクが高い傾向はありますが、地形や地盤を丁寧に検証すれば安心して住める地域は間違いなく存在します。

これは「日本人は○○だ」とか「中国人は△△だ」と決めつけられず、全体として几帳面と言われる日本人の中にも大らかな人はいるというのと一緒です。言葉は便利ですが、断定的に「こうだ」と決めつけたり先入観を植え付けて、思考停止してしまうリスクがある点を意識して使う必要があります。

 「マンションの方が売ったり貸したりしやすい」という人も意外と多いです。でも「なぜですか?」と聞くと「ここに書かれていたから」と見せてくれるサイトは大半、マンション仲介業者の作ったものだったりします。結局、何の検証もなされないまま、業者の言ったことの鵜呑みだったりするわけです。

不動産は立地が全てです。たいせつなのは「マンションだから○○」「戸建だから△△」といった典型的なイメージや先入観で思考停止してしまうのではなく、個別に一つ一つの物件を丁寧に見てあげることだと思います。だって私たちだって外国人から「あなたは日本人だから○○でしょ」と決めつられたくないですよね。

資産価値を決める希少性について

資産価値がある物件を考えるうえでは、この要素に加えて「そこにしかない」という希少性があれば鬼に金棒です。なぜならモノの価格が決まる時、そのものが有する品質や魅力といった絶対価値だけでなく、他と比べてどうか?や他にも似たようなものが無いか?という相対価値も重要だからです。

たとえばダイヤモンドは高価な貴金属として知られています。見た目も非常に美しいから、相応の品質や魅力を持っています。ですがこれが、石ころのように地球上に大量にあったらどうでしょうか?現在のような高い値段が付くでしょうか?

なかなか採れない「希少性」というのが資産価値を決める重要なキーワードになるということは、不動産にも当てはまります。世界中のより多くの人が訪れたい、住みたいと思う魅力と、そこにしかない希少性を身に付けているエリアや物件こそ、まさに普遍的な資産価値を有すると考えます。

ではテレワーク化して通勤から解放される時代に、価格が下落してしまうエリアや物件というのはどういうモノでしょうか?これまで話してきた資産価値がある物件の逆をいうと「魅力が無い」「似たようなエリアや物件が他にたくさんある」という物件であると表現できます。

首都圏には駅前にチェーンスーパーなどの商業施設、そしてカフェや居酒屋はどこでも見かけるチェーン店ばかりといった、金太郎飴のように均質で無個性などこにであるような駅や街がたくさんあります。そこに一考の余地があると思います。

一方で今後も住みたいという需要があるエリアもあります。そういうところの特徴は「そこにしかない」個人商店で埋め尽くされた商店街であり、景色が良い海や山など「そこにしかない」魅力があることが大前提であるように感じます。

「通勤ブーム」の終焉

思えば快適とは言えない満員電車通勤も、長い時間軸で見ると半世紀程度の短い間の「ブーム」に過ぎなかったかもしれないのかも知れません。思うに、これとよく似た現象が、私が若かりし頃のスキーブームでした。

1990年代初頭、空前のスキーブームが起きていて、大学生だった私は仲間と冬は毎週末、どこかのスキー場に行っていました。それも快適とは言えない夜行場所で現地に向かい、徹夜で着いて朝から晩まで滑りまくる、という状況でした。

昼はとても美味しいとは言えないカレーを1,500円という高額な値段で買って食べ、泊まるホテルもアルマイト製(死語)の器でやはり美味しいとは言えない、やっつけ仕事の夕食と朝食付きで結構な宿泊代がかかっていました笑

リフトは激込みで、一時間待ちはざらです。滑っている時間よりも寒くて猛吹雪の中でひたすら待つ時間が猛烈に長かった思い出があります。思うにこれって、高度経済成長期からバブル崩壊して、今に至る通勤地獄と被るのです。

結局、あれだけこぞって日本人がスキー場へ向かったスキーブームも終焉を迎え、今は見る影もない状態です。私自身、今からスキーに行きたいか?と聞かれればとても首を縦に触れる心境ではありません。だってあれだけ不快な状況で行き来し、現地でも劣悪な環境とサービスを受けていた印象は拭えないです。

通勤環境もとても良く似ていると思うのは私だけでしょうか?鉄道会社も通勤は無くならないとたかをくくってか、一向に満員電車が解消されることはありませんでした。こうした不快な環境で過ごした体験というのは心に深く刻み込まれますから、テレワークの時代に敢えて電車に乗りたい人がいるでしょうか?

どのようなサービスも、需要に甘えてすべき努力を怠り、そのブームが去ると結果としてしっぺ返しを食らうものです。長い目で見れば、あのバブル時代のスキーブーム同様、満員電車通勤というのも、高度経済成長期から始まった、ほんの半世紀のブームに過ぎなかったと将来、言われるのではないでしょうか?

人類の住まい選び その変遷を考察する

数百万年前にアフリカで発生した人類は、これまでどのような住まいで過ごしてきたのでしょうか?変化の激しい今日この頃、一度原点に立ち返って考えてみたいと思います。

数百万年間の狩猟採集=移動住居
 
そもそも人類は長い間、獲物を追い求めて狩猟し、木の実を採集する生活を営んできました。それに伴い住ま
いも基本的に移動式で、食物が無くなれば移動する生活を繰り返していたと考えられています。食料採集=仕事とすると、仕事場が変わるたびに住まいも変わっていたのですね。

 
約1万年からの農耕と約200年間の通勤=定住

農地を耕して作物を栽培するようになり、それまで移動生活だった人類は定住するようになりました。これが約1年前に起こった農業革命で、食料が安定的に採集できるようになったことで世界人口が増え、土地に価値が生じるようになったのもこの頃からです。不動産市場の黎明期とも言えます。

そして約200年前にイギリスで産業革命が起き、それが世界中に広まってからは、働く場所が農地から工場に変わります。これにより農業に適した広い土地があるほど人口が多かった状況が一変し、人々が工場などの勤務先が立地する都市へ集中するようになりました。

ちなみに日本で工業化が進む直前の明治維新直後は、人口一位の県はどこかわかりますか?そうです、米どころの新潟県でした。現在はもちろん、経済の中心と言われる東京都です。このように生活の糧を得る勤務先の変化によって人々の住む場所が大きく変わったんですね。

60~70年代 

第二次世界大戦に敗れた日本は、人口が集中していた都市部の大半が焼け野原になりました。言えという不動産資産を失い、預金封鎖と財産税によって金融資産も国に捧げて文字通り、何もなくなった状態から高度経済成長が始まりました。
「モーレツ社員」などの言葉が流行り仕事中心の人生がもてはやされ、鉄道網やバスなどの公共交通機関の整備と都市郊外に広がっていた山林を切り開き、大規模な宅地開発が行われました。日本全体の人口が増える中、首都圏などの都市部は地方からも急激に人口が流入していました。

こうした人がこぞって買ったのが、郊外の広い庭付き一戸建てです。当時の日本人は物資の乏しい中で生まれ育ったため、大きな家や車などを所有すること自体に大きな憧れや欲求がありました。それを満たすために休みなく働いたと言っても過言ではないから、現在の日本の若い人からは想像がつかないかも知れません。

こうして満員電車で長時間通勤という、首都圏のデフォルトが形成されていきました。これは家族4人の核家族世帯かつ妻が専業主婦という、夫が勤務先のある都心までバスと電車を駆使して往復約3時間の通勤に耐えられる世帯構成であったから成しえたことでもあります。

それにしても、往復3時間を満員電車で通勤していた人生って、どんなだったでしょう?単純に時間計算すると20歳から働いて60歳定年だと3時間/日×20日間/月×12か月×40年=28,800時間です。一日の半分、約12時間を寝たり生命維持活動に充てているとして、残り半分の12時間を起きて行動する時間と仮定します。

12時間/日×365日/年×40年=175,200時間ですから、この数字で28,800時間を割ると16.4%です。なんと20歳から60歳までの2割近い時間を満員電車に乗っている時間も含めた通勤で使っていたことになります。この時間を長いとするか、短いとするかは人それぞれだとは思いますが、すごい数字です。

起きて行動している時間のうち20%を通勤として消費していた人生って、果たして豊かといえるのでしょうか?快適だったらまだしも、私も30代は満員電車で通勤していたので、あの殺人的なラッシュは体験しています。あくまで私の感覚ですが、人としてではなくモノとして詰め込まれて輸送されている感覚でした。

怖いのが一時、その状態になれてしまっている自分に気が付いた時でした。「東京に通勤しているから仕方が無い。」「忍耐することこそ美しい。」という惰性とマゾヒズム的な感覚に近いものがあったように思います。命とは時間そのものですから、いかに自分の大事な人生という時間を浪費していたかと、今では痛感しています。

90年代~2010年代

90年代後半から、この「郊外の広い庭付きの戸建に住んで長時間の満員電車通勤する」スタイルが、都心回帰現象が起きて一気に逆回転を起こします。みながこぞって都心や駅近の物件を求めだしたのです。ではなぜ、「郊外の広い庭付き戸建て」から「都心のマンションやペンシルハウス」といった逆転現象が起きたのでしょうか?

ひとえにこれは日本人の世帯ごとの価値観が大きく違うことが理由ではないでしょうか?戦後のモノの無い時代に地方で育った世代は、広い庭と家、南向きにこだわり車や生活用品なども多いほど豊かさの象徴だったので、日当たりが悪くて狭い都心の住宅よりも、利便性を犠牲にしても広さなどの量を求めました。

私が社団法人住まい選びコンシェルジュ協会を設立してからというもの、政府の働き方改革を推進してテレワーク化した結果、社員や取引先など仕事関係において公共交通機関を利用した移動は極力、控えるワークスタイルとライフスタイルを実現しました。これが少しでも混雑緩和に貢献できれば幸いです。

ちなみに現在、首都圏には約4,000万人近い人が居住しています。これは日本の人口の約3割、世界屈指のメガロポリス(巨大都市)を形成するに至っています。なぜここまで地方から人が集まってきたのでしょうか?それはひとえに都市と地方のさまざまな格差にありました。

高度成長期、都市にはあって地方には無いものというものが数多くありました。高度成長期の初期には電気すらない地方がありましたし、情報なども含めて先進的なものはすべて、都市から地方へと時間差をおいて流れていっていた時代がありました。

私自身、信州という地方で70年~80年代を生まれ育ちましたが、当時もその風潮は根強く残っていたように感じます。「都会は進んでいて何でもある。だから早く都会へ出たい。」若い頃の私は、そうした焦燥感に駆られていたことを思い出しました。

たしかに90年代くらいまでは、新幹線や飛行機などの高速交通網もあまり整備されていなかったので、地方よりも都市に住むことの優位性はあったかもしれません。でも飛行機や新幹線で日本のほとんどの地域から1~2時間で東京にアクセスできる時代に、果たしてどれほど東京に住む理由があるでしょうか?

インターネットが普及した現在、日本の大半の場所でネットを通じて世界と繋がれます。以前のように都会にはあって地方には無いものというのを挙げるのが難しい状況になっています。逆に都会はコロナがきっかけとなって、地方には無いリスクが増えてしまいました。それは人が過密であるという衛生リスクです。

よく考えればこの衛生リスクというのは、コロナ前から都市ではありました。特に満員電車などは感染症リスクが高く極めて不衛生な環境でしたから、実は今に始まったことではありません。以前からあったリスクが顕在化したのが、今回のコロナ騒動といえるのではないでしょうか。

都会でも地方でも、そこに住んでいることで得られる利益と損失があると思います。高度成長期からバブル崩壊までは都会に住めば利益が多く、損失は少なかったのかもしれません。でも飛行機や新幹線、そして高速道路などの高速交通網やwi-fiなどの通信環境が全国を網羅するようになり、さらにテレワーク化が加速し始めた現在、果たしてどれほどの利益が都市に住むことにあるのでしょうか?

時間の有限性

結局、人生とは時間そのものです。「残された時間をどう生きるか」こそ一番、大切なことではないでしょうか?私も含めて現代人は平均寿命という、何ら実体の無いものに束縛されているように思います。「老後が心配」という声が多く聞かれますが、ともすると明日、事故か急病でこの世を去るかもしれません。

そうなれば心配していた老後など、存在しないことになりますね笑

あなたはこの人生でいちばん大切な時間=命を「どこで」「誰と」「どのように」過ごしますか?

どこに住むかで大きく変わる交通事故リスク

2021年1月18日

家を買おうと思った時、あなたは住むエリアをどのように考えて選びますか?

よくあるのは

・勤務先からの距離や時間

・スーパーやドラッグストアが徒歩圏

・小中学校が徒歩圏

などでしょうか。

これ以外に水害や風、地震などの災害リスクも考慮する人もいます。

慎重派な人にはもう一つ加えて欲しい視点があり、それがタイトルの「交通事故リスク」です。

なぜならばエリア毎に圧倒的に交通事故の遭いやすさが違うからです。主に下記の要因が挙げられます。

・歩道の整備率

・急いでいる人の割合

・運転者の思考の違い

意外に知られていないのが、自治体ごとに歩道の整備状況が違うということ。これは税収の差によって街の豊かさが異なるということで当然、財政が豊かな自治体ほど道路がしっかり整備され、安心して通勤や通学ができます。

次に住民の質の違いです。事故はどのような状況下で起きるのでしょうか?

・一時停止無視

・横断歩道不停止

・ながらスマホなど脇見

こうした心にゆとりがない、急いでいる精神状態のときですよね。(「忙しい」とは心を亡くすと書きます。)

特に街で歩きスマホをしている人が多い地域は要注意です。おそらく心にゆとりを持った人が少ないエリアなので、こうした住民が多いと車を運転するときにもそれが無意識に出てしまうと思われます。

最後はこれも住民の質の違いですが、やはり短絡的でなく長期的な視点で物事の本質を捉えられる住民層のエリアほど、事故は起きにくくなります。なぜならば地頭が良いほど、しっかり車間距離を取って運転できるからです。

あまり物事を深く考えず時間に追われている人の傾向として車間を詰めます。空間が無駄でもったいないと考えるんですね笑

これはお金やあらゆる物事に対する考え方にも通じるので非常に面白いです。お金がない人って結局、心に余裕が無いから時間にも追われているし、ゆとりがない空間に身を置くようになります。そっちの方が安心してしまうんですね。

車間距離を空けていると確実に事故は減ります。走っている時は視野が広がるので飛び出しや不意の動きが視界に入りやすいから、事故を防ぐ対応ができますし、信号待ちなどでも車間を空けて停まっていると緊急車両が通る際にも避けてあげる空間的なゆとりが生じますし、多重追突なども回避できます。

お金や時間にゆとりがない人は、こうした目に見えにくい事象に意識が行かず、ただ「詰めた方が効率的」という宗教にも近い強迫観念に囚われています。

「だって詰めていればその分、後続車が多く手前の信号を通過出来たり右折レーンに入れるじゃないか!」

ええ、だから?それで何分節約にできるんでしょうか?安全や命と比べてどちらが大切なんですかね。こうした予測が出来るかどうかって、生きるうえでとても大事なことのように日々、感じています。

時間やお金にゆとりがない人たちが多く住む街を避けることで、交通事故リスクを避けられることもぜひ、知っておいていただきたいです。

優良な不動産会社はなぜ広告宣伝をしないのか

2021年1月17日

あなたはいわゆる物件検索サイトを閲覧したことがあるのではないでしょうか。クリックすると外観から内装、キッチンからリビングまで何十枚もの写真が見られて便利ですよね。でもこれ、誰が撮影しているか知っていますか?すべて掲載している不動産会社の社員が撮影しているのです。

不動産会社の社員といえば、不動産のプロとして日々、物件調査や不動産の知識や技術向上に時間を費やしているかと思えば、やっていることはこの広告写真の撮影、加工といったいわゆる販売活動です。つまり顧客の獲得に大半の時間を費やしているため、不動産の専門家としての活動にほとんど時間が取れない状況です。これって、他のプロや専門家に置き換えると「あり得ない」事だと思いませんか?

たとえば法律の専門家である弁護士が、クライアントの依頼の調査や精査、法律書を読み解いたりすることに時間を割かず、常に新規顧客の獲得のための広告活動に専念しているわけです。医者に置き換えても学会などに出席して先進医療を学び、それを患者に還元するといった本来業務を置き去りにして患者がたくさん来るように広告を出すことばかり考えてる病院なんて、かかりたいと思わないし信頼できないですよね笑

REINSという不動産流通システムが普及した現在、戸建や土地、マンションなど日本全国の不動産物件情報は一本化されていて実は不動産会社ごとに差異はほとんどありません。未だに「大手の方が物件をたくさん持っているのでは?」とか「地場の不動産屋のほうがその土地の物件に詳しいのでは?」と思い込んでいる一般消費者が多いため、物件検索サイトが昭和の化石のように存在しています。

ということで勘の良い方はすでにお気づきと思いますが、いわゆる物件検索サイトは不要な時代です。あれは実は多額の広告費をかけて不動産会社が寄り集まって物件を掲載している広告サイトで、目的はただ一つ「顧客の個人情報の獲得」です。だから資料請求ボタンを押すと、メールアドレスや電話番号が一気に複数の不動産会社に流出するため営業電話やメールが絶えず、疲弊してしまうのですね。

真摯にクライアントの住まいの問題解決に向き合い、地道に信頼や実績を積み重ねている優良な不動産会社というのは、そもそも広告宣伝をせずとも知人友人の紹介などで顧客が絶えないので適切な会社運営ができています。つまり、物件検索サイト=不動産会社の広告宣伝サイトに掲載しているという時点で、その不動産会社は信頼が積み上がっていないことの証左でもあります。

そもそも人気弁護士や医者なども広告宣伝など一切しなくとも患者がひっきりなしですよね。不動産会社もそのように選べば、無用なトラブルを避けられて穏やかで楽しく探せると思いますが、いかがでしょうか?

一生に一度の人生で一番、大きなお買い物ですから日々、広告宣伝といった顧客に何ら利益をもたらさないような不毛な仕事に奔走している営業マンといった類の人より、クライアントの住まいの問題解決に向けて蓄えた不動産知識を存分に発揮してエスコートしてくれる不動産の専門家に託したいと思うのは、果たして僕だけでしょうか?

仲介手数料0や半額を謳う業者のカラクリ

物件を購入する際、不動産売買価格の他に諸費用というものがかかります。概ね物件価格の7~8%程度です。諸費用の内訳は、仲介手数料、登記費用、銀行保証料等、固定資産税精算金等です。仲介手数料は「物件価格×3%+6万円+消費税」です。たとえば4,000万円の物件でしたら約136万円になります。

・仲介責任の重要性
仲介手数料が物件を案内する行為に対してだと高いように感じるのではないでしょうか?実は不動産会社の業務は多岐にわたります。まず金融機関のアテンドからファイナンシャルプランニング、重要事項説明書や契約書のチェック・作成など、買主が売主に対して不利にならないよう支援します。物件購入後も建物の不具合対応などさまざまなサポートし続けます。つまり人生において専属の頼もしい不動産の専門家の支援を受けられると考えると、妥当な報酬と捉えることもできます。

・仲介手数料0や半額を謳う業者
通常建売会社などの住宅事業会社(売主)は、概ね自社では販売活動をせずに、不動産仲介業者などに販売を委託します。仲介手数料0や半額を謳う業者は買主が本来支払う仲介手数料を売主からキックバックしているということになります。これは一見とってもお得に見えますが、本来自分が支払うべき仲介手数料を、売主が支払ってくれるということは「タダほど高いものは無い」という可能性があるのです。不動産の取引においては当然ですが、売主と買主で利益相反することがあります。売主はできるだけ高く、逆に買主はできるだけ安く正当な物件を買って、将来の安心を買いたいと思います。

・仲介手数料0や半額業者の実態
では買主から仲介手数料を受け取らなかったり半額の分を買主からキックバックを受けている業者は、売主と買主、どちらに味方するでしょう?つまりどちらに有利な契約書を作成するでしょうか?どちらに有利な重要事項説明を行うでしょうか?買主の保護は行うでしょうか?しかもそのゼロ業者は、1年後にはもう存在が無くなっているかもしれませんから、購入後の適切な支援を受けることすら叶わなくなる可能性があります。

数千万円という人生で高い商品である不動産を適切に取り扱うということは、そこに重い責任が伴います。そのために決して安くはない仲介手数料が法令で定められています。サービスを受けたら適切な対価を支払うのは経済の常識です。「自分だけ得したい」と数%の仲介手数料をケチったがために思わぬトラブルに巻き込まれないよう、よく考えて行動することをお勧めします。

「あなたが商品やサービスを提供する側として、正当なお金を支払わない相手を顧客として適切な対応ができますか?」ということです。

ちなみに言葉を鵜呑みにして騙されたりじり貧になる層と比べて、いわゆる富裕層はこうした仕組みやカラクリを察知し「何か裏があるに違いない」と判断します。「君子危うきに近寄らず」とはよく言ったものですね。

まずは思い込みの枠を取り払いましょう

2021年1月2日

さて、今回は家を探し始めた人が思い込んでいることです。

 

私のところに相談に来られるクライアントさんに、「これまでどのような検索条件でお探しでしたか?」と聞くと、以下のような答えが返ってきます。

・一生住むわけでないからマンション

 

・あまり高いと不安だから、安い物件

 

・資産性が高いから駅近のマンション

 

・・・いかがでしょうか。「なるほど」と納得されましたか?

こういったお考えをお持ちの方々に、私はもう一歩、踏み込んで考えていただくように問いを投げかけます。

 

・一生住むわけでないからマンション

 

→首都圏に住む方の8割以上は実は地方出身者で、いずれ実家に戻る人も多いですが、その人たちがマンションだけに住んでいるわけではありません。

 

・あまり高いと不安だから、安い物件

 

→住宅購入は物件そのものだけでなく、「住環境を買う」という要素もあります。特に、大都市圏では年収による住み分けが行われていて、エリアによって犯罪発生率や公教育環境が、大きく異なる点も踏まえることが重要です。

 

・資産性が高いから駅近のマンション

 

→何をもって資産性と言っているかによって異なりますが、では駅近の戸建と比較検証をしてみるとどちらが良いのでしょうか?「駅近はマンション」という思い込みを排除すると、意外と戸建エリアだったりする駅もあるんですね。

 

不動産の資産性というのは、言ってしまえば「人気投票」です。

 

より多くの人が住みたいエリアであり、住みたいと思う物件かが資産性を決めるカギです。

 

ですので、世間一般的に言われていることや、思い込んでいることが「ほんとうに正しいか」を思い込みの枠を取り払って考えてみてはいかがでしょうか。

 

それにはネットや本などの机上での情報収集だけでなく、実際にさまざまなエリアや物件を見比べてみる「住まいのウインドウ・ショッピング」がとても重要です。

 

「買う買わないは別にしてぶらっと見て回る」

 

そんな気軽な気持ちで不動産の相場や街のことを勉強できると、住まい探しはすごく楽しくなります(^^)

見守る住まい選びコンシェルジュ

さて、今回は家をお探し中のクライアントさんからのメールをお届けいたします。

(ここから)

山田さま

先日はありがとうございました。

おうちが欲しいなとは思いつつも、旦那の実家のことや資金のこと、住み続ける場所のことなど、わからないこと
だらけでずーっとモヤモヤしていたことが、一気に解決しそうな、霧が晴れたような気分でいます。

見通しが良くなってきたので一つずつ、解決に向かって目の前のやるべきハードルを超えていきたいと思います。

山田さんが見守ってくれるんだという安心感がありますね。

息子のことでバタバタしておりメールの返信が遅いことが多いと思いますが、どうかご容赦下さい。

実家のローンのことなど、ただいま問い合わせ中です。

資料が揃いましたらまたご連絡いたします。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(ここまで)

この方は私が支援して住み替えをした妹さんなんです(^^)

ご紹介いただけることも嬉しいですが、

「見守っている」

「安心感がある」

このようなお言葉をいただけると、ほんとうに「この仕事をしていて、良かったな~」と実感します。

なかなか、安心して家を探せる状況に無い日本で、少しでも多くの方に信頼関係がある中で、安心して探せることを実感していただけたら何よりです♪

住み替え支援をしたクライアントさんからの嬉しい言葉

さて、今回は先日、無事に鍵の引き渡しを終えられたクライアントさんから嬉しいメールをいただいたので、その文面をご紹介します(^^)

(ここから)

山田様

今日まで、支えて頂き有難うございました。

3月に賃貸契約終了の知らせが来てから、急に自分の住まいについて決めなければならない状況におかれました。

今までの環境を気に入っていたので、本当に困ってしまっていました。

最寄りの■■■■(大手不動産会社名)に行くも、気持ちに何か引っかかるところもあり、知人からは、違う立場の人の話も聞いた方がよいと言われ、随分調べました。

今回、山田さんと出会う事ができ本当に良かったと思っています。

こちらから連絡をしておきながら、始めは大変失礼な事を言ってしまいました。申し訳ありませんでした。

本当に信用できるのか?大丈夫なのか?全て自分一人で判断しなければなりません。

独身女性が住まいを決めるのは本当に大変です。

相談をさせて頂く中で、山田さんの対応や目指しているものが、私にも理解でき信頼に繋がったと思います。

そして、納得した気持ちで今日という日を迎える事ができ、心から感謝しています。

今日のプレゼントにも、感激しました。早速、部屋に飾り香りも楽しんでいます。(自分の好みの香りでした)

自分の住まいとしては、今日からのスタートです。

今後も、山田さんに相談させて頂く事もあると思います。

今後ともよろしくお願いします。

 

M様(協会認定住まい選びコンシェルジュの担当者名)この度は、大変お世話になりました。

最後まで、丁寧な仕事ぶりに「Mさんで本当に良かった」と改めて思いました。

常に、私の立場に立って考えてくださり、丁寧にわかりやすく説明してくれました。

「何でも聞いてください」という気持ちが伝わる対応に、安心しながら進める事ができました。

本当にありがとうございました。

お二人の今後のさらなる御発展、御活躍を心よりお祈りしております。

千葉市 Sさま

(ここまで)

クライアントさんからの感謝の言葉が、この仕事の醍醐味であり、やりがいです♪

私の住まい選び

さて、今回は私自身の自宅購入のときのお話です。

クライアントさんからも、「山田さんは、どうやって家を買ったんですか?」と、よく聞かれます。

実は、自宅購入の体験が、住まい選びの総合医のサービスを提供するきっかけにもなっています。

28歳で結婚して、一年ほどが過ぎた2004年の冬、駅前で配られていたチラシに目がとまりました。

「○○駅徒歩〇分 この比類なき場所に住まう」

そうです。分譲マンションの広告です。

なんだか心が躍って、嬉しそうに妻に報告しました。チラシを見た妻も、なんだか楽しそうです。

「モデルルームができるんだって。行ってみようか?」

「うん!」

二つ返事の妻と、週末にモデルルームに行きました。

浴室乾燥機や床暖房など、はじめて見る最新の便利な住宅設備にワクワクがとまりません。

住んでいた賃貸よりも広くて、天井も高いし、ペアガラスで防音性や断熱性も高い!

当時住んでいた公団住宅(現在のUR賃貸)は、壁も床も薄くて、子どもが生まれたら気を遣いそう

翻って分譲マンションは壁も床も、住んでいた賃貸の2倍くらいありました。

どう考えても、今よりも快適な生活が保障されている、当時はそんなふうに思いました。

 

「でも、僕らに買えるのかな?」

 

ワクワクして夢を見た後、一抹の不安が襲いました。

 

「資金計算をしてみましょう」

 

やさしそうなモデルルームの営業マン。名前はたしか廣瀬さんでした。

廣瀬さんは手際よく、私の勤務先や年収の情報をパソコンに入力していき、資金計画を作成しました。

出来上がったものを見ると、家賃よりも2万円ほど上がる程度でした。

「僕らにも買える!」期待が確信に変わった瞬間です!

今思えば、当時の私の仕事は公務員。借金も0だし当然、買えますよね(^^;)

そんな基本的なことも全然知らなかった、不動産のずぶの素人でした。

買う気モードに入った私たちに、廣瀬さん、さらにガソリンが注入します!

「気に入ったお部屋は、ほかにも買いたい方がおられるので抽選になります。」

 

 

おお!なんと!そんなに人気なのか~!

 

迷っている場合ではないと、すぐに申込金10万円を入れてしまいます。

その後、抽選会が行われて、結果は・・・残念ですが、落ちました(涙)

「うわあ・・・」妻とともに失望して帰宅後、営業の廣瀬さんからメールが入っていました。

「山田さん、抽選は残念でしたが、朗報があります。実は同じ階の反対側のお部屋にキャンセルが出ました。」

「おお!」と舞い上がりかけましたが、そちら側は検討の際に外していました。

でも、人は不思議なもので、大きな落胆のあとで同じものでも救いの神のように見せられると、以前に比べてよく見えてきてしまいます。

加えて、廣瀬さんのメールでも、「ここは○○でお勧めです。」と冷静にセールストークを展開されてすっかり買う気になりました。

妻も特段、問題ないということだったので、そのキャンセル住戸で契約する流れになったのです。

契約した後は、仕事帰りに毎晩、建築中の現場に立ち寄って、我が子の成長を見守るように完成に近づくさまを嬉しそうに眺めていました。

ただ、寂しいなと思ったのは、契約が終わるとあれだけやりとりしていた廣瀬さんからはぱったり、連絡が途絶えました。

その後は流れ作業のように担当者が入れ替わりながら、引き渡しまで続きました。

まだ1歳になるかならないかの息子を連れて、引渡し前の確認やさまざまな手続きをする最中、息子が大泣きしていても、無表情の担当がいました。

売ってしまえば、それで関係はおしまい。あれだけ親身に資金計算などの購入相談に乗ってくれたのは、ただ買わせたいだけだった・・・

「なんだか、寂しいなあ。」

人生の一大イベントであり、大きなお買い物の割には、無機質な対応だなあと感じたのです。

不動産という大きな資産を、適正に取引するのはもちろん、物件というものの繋がりではなく、クライアントとコンシェルジュという人と人の信頼関係で繋がりたい。

この時に感じたことが、社団法人住まい選びコンシェルジュ協会の原点ではないか、と感じています。

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※勉強会・相談において商品やサービスの売込等は一切、行っておりません。

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