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住まい選びの総合医

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目先の利益を追わずに、人とのご縁を愉しむ

2015年6月14日

昨日は首都圏一円で住まいをお探し中のクライアントさんのところへ行ってきました。

リタイア後のご夫婦の終の棲家を、じっくりお探しになられたいとご依頼いただき、東京駅から1時間圏内で東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県と広範囲でお探しになられています。こうした広範囲の長期的なご依頼はまさに、当社団向けのオファーだと感じています。

このご夫妻もはじめは私のスタンスに懐疑的でした。現地を確認したりする際の移動にかかる交通費などの経費をいただかず、時間的なコストに関してもあまり頓着しない。しかも検討した結果、住み替えをしなくても良いという結論も全然アリなんです。

「そんなんで、商売になるんですか?」

「はい。家族も、社団職員も食えているんで、大丈夫ですよ」

私は、即答しました。というのも、一人ひとりのクライアントさんに本気で親身になって、その人のお役に立つことが仕事をする上での歓びである以上、「利益はちゃんと、あとからついてくる」からです。

この感覚、わかるでしょうか。仮に、目の前のクライアントさんはじっくり検討した結果、住み替えをしない、つまり私に利益をもたらさなかったとしても、知人の方をご紹介いただけることがあります。

もちろん、それを期待するわけではありません。ですが、結果としてそうなっていることがあります。旧来の日本型の経営と言うのでしょうか。日本企業の中でも数百年以上続いているいわゆる老舗の企業は、目先の利益を追わずに、人とのご縁を愉しんでいます。

私も、このクライアントさんにお会いするときは、とてもワクワクします。人生経験が豊富なご夫妻の、含蓄に富んだお話はすごく勉強になりますし、私にとってまさに、仕事の糧のみならず「人生の糧」になっていると実感します。

私は、それぞれのクライアントさん過ごす時間は、金銭的なものでは図ることのできない、それこそpricelessな「利益」をいただいていることを感じます。それがとても楽しくて、嬉しくて、ものすごく有難いと毎度のことながら、実感するのです。

「目先の利益を追わずに、人とのご縁を愉しむ」という、当社団のゆったりとしたビジネススタンスを疑いの目で見る人もいれば、共感していただける方もいらっしゃいます。ここがすごく面白いところで、どちらの目で見られるかで、実はその方自身が仕事や人とのご縁とどのように向き合って、人生を歩んでおられるのかが良く感じ取れるのです。

そうした点で、まさに「試金石」にもなっているように思います。

安心感にこだわった中古住宅の選び方

2015年6月12日

昨日初めてお会いしたクライアントさんは現在、埼玉県にお住まいの生後2か月の赤ちゃんを抱っこした若いご夫婦でした。

ご主人、奥様ともに地方の自然豊かな場所のご出身で、関東に土地勘が全くない中、都内勤務のご主人の通勤を考えて、はじめは茨城なども含めて首都圏広範囲でお探しでしたが、資産性やお好みなども考慮して横浜・湘南エリアで重点的に探すことになりました。

これまで、大手ハウスメーカーが集う住宅展示場や工務店に出向いて、土地を購入して注文建築を建てられようと試みて、実際に土地をご見学されてきたとのこと。しかし「新築プレミアム」が気になり、中古戸建も視野に入れて探すことにしました。

というのも、ご主人のご実家のお父様がいずれ同居することも考えて、住空間を柔軟に対応できるようにされたいご意向のためでした。建物はどんなにこだわりを持って建てても、いまの日本の不動産市場では約25年で価値が0に収束することを考慮した結果です。

築年が25年以上の中古戸建は、土地のみほぼ同価格で住めるとすれば、とてもお買い得ではないでしょうか。あとは、建物に精通したプロによるホームインスペクション(住宅診断)制度を利用して、購入後に後悔の無い住まい選びをしていただきたいと思います。

まだ小さくて可愛い赤ちゃんを連れて、奥様も子育てでお疲れの時期、遠方からの住まい選びはほんとうにたいへんかとお察しいたしますので、調べられたいことはお気軽にご相談くださいませ。

私も、小5の息子と小1の娘を持つ父親ですが、生後2ヶ月の息子と産後疲れの妻とともに家探しをしたとき、とてもたいへんだったことを覚えていますので、どうぞ私を手足としてご利用いただければと存じます。

○○様、今後とも宜しくお願い致します。

(参考)ホームインスペクションとは?

・高レベルな検査精度と 100項目を超える独自のチェックリストで、入居後に発生しうるトラブルを未然に防げる

・「欠陥住宅」「買ってはいけない住宅」をつかむリスクを減らせる

・建物に問題がないか、専門家がチェックすることで安心感が増す

・リフォームや修繕に「いつごろ」「どこに」「いくらくらいのお金がかかるのか」がわかる

・中古住宅のメリット・デメリットを知った上で判断できる

・ホームインスペクターの知識・経験に基づく、買い手側の立場で見た報告・アドバイスを受けられる

・ご依頼者と売主の今後の関係に配慮しつつ、冷静かつ的確なコミュニケーションが行われる

・結果の概要がその場でわかるほか、詳細報告書がお手元に届き、住宅資産価値を維持するための大切なデータ「住宅履歴書」として保管できる

心地よい場所

2015年6月7日

昨夜は高校の同級会があり、昨日から信州に滞在しています。

横浜から高速で約3時間。今春、首都高速の中央環状線が全通したり、圏央道が藤沢から関越道まで繋がったので相当、神奈川県と長野県の時間距離が近くなった感覚です。もう、あの環八の大渋滞にはまって動けなくなることも無く、とても快適なドライブでした。

3年ぶりに会った同級生は変わっておらず、高校時代のまんまの笑顔で旧交を深めました。恩師は82歳になってもまだまだお元気で、習い始めて間もない尺八を披露していただきました。

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生まれ育った場所の空気感は、いいですね。高速を走らせ、トンネルを抜けて軽井沢に入った途端、私を育んでくれた山、川、そして清浄な水や空気からたくさんのエネルギーをいただき、体が歓んでいるのを感じます。

住まい選びのお手伝いをする際も、クライアントさんにはご主人、奥様それぞれの生まれ育った環境をじっくりお伺いしています。慣れ親しんだ地形や雰囲気が、住み心地にとても影響することを体感しているからです。

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横浜はすでに、汗ばむ陽気で初夏の様相ですが信州はまさに今、田植えを終えたばかりでこれから遅く短い春を謳歌するところです♪

木の国、和歌山

2015年6月6日

昨日は和歌山県庁の方と打合せをしました。8年ほど前の東京の資産運用会社時代、全国200か所以上の自治体を視察した際に大変お世話になった方です。ご縁とは不思議なもので、
ここのところ連日、資産運用会社時代の方と奇跡的な再会をしています。

本日、6月6日(土)~7日(日)に横浜赤レンガ倉庫で開催される、建築家31人×3works Vol.18というイベントサポーターとして来られたとのことで、関内にある創作和食の隠れ家的な空間で、赤ワインをいただきシェフの料理に舌鼓を打ちつつ、旧交を深めました。

和歌山は「紀の国」をもじって「木の国」とも言われ、森林率は77%、都道府県森林偏差値は60%、良質なスギやヒノキなどの建材を供給している森林王国です。今回の赤レンガのイベントは、和歌山の木に惚れ込んだ建築家の方々が企画されたそうです。

良い森のある川には魚がたくさん住むことから「魚住林」という言葉があるくらい、森と川は切っても切れない関係があります。和歌山は良質な森林を有するので、信州で生まれ育った私も驚くほど、きれいな川が流れており、視察の時は思わず真っ裸になって泳ぎました。

古座川

話は視察の時のよもやま話から、建材の話になりました。いまは無垢材というと、若い方を中心に人気がありますが戦後の高度経済成長期からバブルの頃までの一時期、天然材が敬遠され、合成木材が流行ったことがありました。

大量生産、大量消費社会が礼賛されていた当時は、あらゆるものが工業規格製品のように画一化されていった時代でした。「曲がったキュウリ」が店頭に並ばなくなったり、学校教育も管理教育により一定の枠にはめられた子どもたちが大量生産されていました。

「友達100人出来るかな」とか「好き嫌いなく何でも食べる」のが良い子という暗黙の押し付けが学校にはあって、「好き嫌い」というその人独自の感性を封印されることで、大きな会社や工場でどんな人とも働ける、効率的な大人が大量生産されていたように思います。

そのように育てられた、戦後育ちの人たちが好んだのが、規格生産された工業製品で、自然のものが敬遠された結果、建材でも合成木材がもてはやされ、無垢の天然材はあまり使われなくなったのではないでしょうか。

考えてみれば乾燥して割れたり反ったりするのは、それぞれの木が持つ独特の個性で、それを活かすのが建築家であり、大工さんや職人さんの腕です。合成木材は割れたり反ったりしない分、使い勝手は良いのでしょうが、味気が無いようにも感じます。

いま、住まい選びをしている20~30代の若いご夫婦やその子どもさんたちは、無垢のフローリングや柱や梁を見ると、キラキラと目が輝いて、すごくワクワクしてくるのがわかります。今後はますます「木の国、和歌山」の本領が発揮される時代になりそうです!

やっぱり、人が好き

2015年6月5日

昨日は東京の資産運用会社で共に働いた同僚と6年ぶりに再会をしました。

彼とは会社の同僚としてだけではなく、世界各国から集まった屈強な方々と100㎞の山道を夜通し走りぬくチャリティマラソン「オックスファム・トレイル・ウオーカー・ジャパン」でも何度か共に走りぬいた同志でした。

彼とは再開の握手を交わした瞬間、「おっ」と思うほどにっこりと笑って、目の輝きから相当、充実した良質な時間を過ごしてきたことが感じ取れ、皇居の緑が眼前に迫るホテルのラウンジはとても落ち着いた空間で、じっくりと話ができました。

ラメール

いまでも資産運用会社で働く彼と、不動産を扱う私の話は、意外なほどに共通項が多く、ひとしきり共感の相槌を打ちあいながら、終始笑顔で話をしました。共通項とは、扱うものは違えど「人が好き」ということでした。

彼も、やっぱり人が好きで、常にクライアントさんの事ばかりを考えています。ですので結局、今回の話もお互いの商品やサービスの話にはほとんど言及せず、終始お互いの人生観やクライアントさんとのよもやま話に華が咲いていました。

結局、どのような商品やサービスを扱ったとしても、「お客様と営業マン」という、ただ商品やサービスだけで繋がった関係を超えて、「クライアントさんの生活や人生をより善くするお手伝いがしたい」という情熱を持っているかが、大きな違いだと再認識しました。

「商品やサービスをいかに売って儲けるか」という殻を破って、「目の前にいるこの人のために、いかにお役に立てるか」という熱い気持ちが湧いてきて初めて、人は実力以上の力を発揮して、ほんとうに面白い仕事ができるようになるのだと感じます。

契約を最後にする

2015年5月29日

とある工務店と打合せをしました。ここはヒノキやクリ、スギなど自然素材をふんだんに使い、断熱効果が高く外気温に左右されず年中、20度台の過ごしやすい室温が保たれる健康住宅を建てている老舗です。

大工さんは外注や一時雇用でなく、全員お抱えの社員。同じく社員である一級建築士との息もばっちりです。まさに「同じ釜の飯を食う仲間」といった、和気あいあいな一体感があり、ありがちな「建築士が独り歩きして、現場がついてこない」はありません。

そしていちばん驚いたこと。それは「契約は最後」ということです。これは、多くのハウスメーカーや工務店は概算見積と参考プラン程度で契約を結ぶのが一般的な中では、極めて異例です。

ここではまず、打合せに入る前に一枚のシートをご家族に渡します。ご家族それぞれの理想の住まいを書き連ねて、すり合わせをすることから始まるそうです。ここにじっくり時間をかけることで、ご家族に一体感が生まれ、その後がスムーズに進むとのこと。

そして一級建築士のもと、ご家族の理想の住まいのイメージが図面となって形を現します。どこにどのような材を使い、どこまで仕上げにこだわるのか、家具は既製品なのか、オーダーメードなのか、事細かにヒアリングをしながら、丁寧にかかる費用を積み上げます。

ここまできても、まだ契約をしなくて大丈夫です。これは、クライアントさんにとって、ものすごく安心感があるのではないでしょうか。一方で、工務店側としても、やはり人同士、合う合わないがあるそうなので、この仕組みは都合が良いそうです。

建物本体価格、外構費、設備費、役所への申請等の諸費用などすべてを漏れなく含んだ見積と、詳細な設計図面が完成した段階で、はじめて契約締結となります。「はっきり言って、クライアントさんとの信頼関係があるから、できるんです。」と嬉しそうに語ります。

展示場などに出店している大手ハウスメーカーなども含めて、とかくテレビCMなどでもいかにも安くできそうと思わせて契約をして、その後で「あれは建物本体価格で、それだけでは家は建ちません」などと外構費や地盤改良費などを「後出し」する話を聞きます。

「時折、契約して建築がはじまって、基礎を打って上棟(柱を立てて、屋根を乗せる)した段階で『建築会社とのそりが合わないので工事が止まった。そちらで引き継いでもらえないか』なんて問い合わせがありますが、責任ある仕事ができないので請負えないです。」

言行一致の清々しい言葉と熱い眼差しに、私はまた一人、心から信頼のおけるコンシェルジュを発掘できたことに、無上の歓びを感じつつながら、夕日に染まる首都高を滑るように車を走らせました。

今の風景を古地図と重ね合わせる

2015年5月26日

古地図、というとどのくらい古い地図なんでしょうか。昭和の戦後間もない頃でしょうか。それとも、文明開化の明治維新の頃でしょうか。私は、そうした時代の地形を見る前に、はるか昔、約1万年前の縄文時代の地形図を見ることをお勧めしています。

それでは実際に、一万年前の首都圏を見てみましょう。

縄文海進

これが、現在の首都圏。

首都圏現在地図

比べると、昔は東京の東部~埼玉の奥の方、千葉県の海岸線は海だったんですね。あと、川崎市川崎区も海で、まさに「川の先=川崎」であったことが良くわかります。神奈川県では、横浜市の海岸線と藤沢~茅ケ崎~平塚あたりもすっぽり海でした。

もう一つ、縄文時代の海岸線を知る方法が「貝塚」です。こうしてみると、埼玉は相当、奥地まで貝塚があります。遠浅の海でとったシジミやアサリを、昔はここに捨てていました。

貝塚

東京東部をクローズアップした、縄文時代の古地図と、現在、東京都が発行している荒川水系が氾濫した場合の浸水想定ハザードマップを見比べてみます。

縄文海進 拡大

荒川水系ハザードマップ

驚くほど、海だったところと浸水するところがピッタリと重なります。「陸地に見える海」とも言えるこのエリアでの住まい選びは、これから地球温暖化によるゲリラ豪雨の頻発や海水面の上昇に伴う、さまざまな災害リスクを見据えて、慎重に判断をする必要があるのではないでしょうか。

一般社団法人 住まい選びコンシェルジュ協会では「ブラタモリ」のように、楽しく地形や地盤の事を学べる街歩きイベントを随時、開催しております。宜しければ下記をご覧ください。

【東京】住まい選びのプロがご案内!少し変わった古地図散策!~住みたい街の地盤・不動産を知る街歩き~

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古地図片手に歩く、歴史街歩き。

だけどそれだけじゃありません。今回は少し変わった歴史散策です!

ご案内するのは社団法人住まい選びコンシェルジュ協会の代表理事、山田。
住まい選びのプロであり、東京の地盤を熟知した山田とともに、
古地図でかつての地形と照らし合わせながら、現代の道を散策します。

約400年前、徳川家康が豊臣秀吉に事実上の左遷をされてたどり着いた場所は、
広大な葦原の湿地帯が広がる不毛の地「江戸」でした。

現は皇居のある場所に、当時は難攻不落といわれた大阪城を凌ぐほどの堅固な江戸城を築き、地震をはじめとした世界最多の災害大国でありながら、世界最大の東京都市圏を形成するに至る基礎を築いた家康。

地形と地盤に潜むからくりを、古地図を片手にぶらぶら歩きながら、じっくり紐解いていくことを通じて、安心できる不動産の選び方を楽しみながら学びます。

東京に在住のかたは自分の住んでいる地域の地盤がどうなっているのか、これから住みたいと思っている地域は安全なのか、この機会に楽しく学びましょう!

いまと昔をむすぶ歴史散策。
地域と不動産、地盤を知る街歩きです。

【集合場所】

新橋駅西口広場SL前

【コース】

1.皇居
2.神保町
3.湯島天神
4.上野駅広小路
5.締めのあいさつ

【解散】

現地解散

※解散後は、有志で御徒町の居酒屋で雑談(現地で参加者確認)

→お申し込みはこちら

無敵の経営

2015年5月25日

昨日は北鎌倉の禅居院というお寺に行ってきました。ここは一般公開されていないため写真も掲載できませんが、森に囲まれた静寂と、きれいな芝生の貼られた蓮池のある、素敵なお寺さんでした。

ここの本堂で北川八郎先生の講和と瞑想の会が行われました。名前は控えさせていただきますが、全国から優れた経営者の方々などを含めて、100名近い方が集まり、とても良い気が集まっていました。

北川先生は41歳の時に41日間、43歳の時に46日間の断食をされ「天の声」を聞かれたことがある方です。宇宙の時間軸からはほんの一瞬に過ぎない、刹那的な時間をこの世で生きるうえで、たいせつなことをご指南いただきました。

・放った矢は帰ってくる

・特に、人生前半(0~40歳)で放った矢は、人生の後半(41~)に帰ってくる

・だから、放つ矢は人を歓ばせるものが良い

私は、人と住まいのご縁を紡ぐ社団法人の活動を通じて、より多くの方と歓びを分かち合うことがやはり最大のMissionであることを再認識しました。そして、クライアントさんとガチで歓びあえるコンシェルジュ仲間ももっと増やして行きたいと感じます。

東海道53次 15日目(京都 三条大橋へ)

2015年5月24日

東京・日本橋から京都・三条大橋を目指した徒歩の旅も、いよいよ最終日を迎えました。琵琶湖畔の栗東から草津を通り大津を抜けて京都市山科まで来ると、嫌でもテンションが上がってきました。「いよいよ、京都だ。もう、歩かなくて良いんだ。」

路面電車と並走しながら、足取りがどんどん、軽くなるのがわかります。ペースが速くなってくると、相棒に「焦るな」となだめられながら、一定のペースに戻されるのです。思わぬ怪我やアクシデントは、平常心を欠くと起こることを知っていたのでしょう。

山科から三条通の坂を上りきると、京都盆地に入り、平らになりました。道幅も広くなり、華やかな都の雰囲気を肌で感じながらはやる気持ちを抑え、ゆっくりと一定の歩幅とペースを守りながら、眼前に迫るゴールを目指します。とうとう、三条大橋に着きました。

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「終わった。もう、歩かなくていい。これからは毎日、あったかい布団で寝られる。」

せっかくの京都ですから、さすがに今夜は良いホテルに泊まろう、ということで駅に向かって歩きながらホテルを探しました。すると「あいにく今夜は満室でございます。」と一軒一軒、入るたびに断られ続けました。

時は1993年3月20日の日曜日。まだ桜の季節でもありませんでした。「こんなに満室になるものなのかな」と思いながら相棒と我が身を見合うと、伸びきったひげ面とぼさぼさの髪の毛がもしかして・・・とも感じました。

断られ続けて気が付くと京都駅まで来ていました。日が暮れはじめていたので「新幹線で帰ろうか」ということになりました。切符を買って、出発時間までの小一時間、京都駅付近の居酒屋でささやかな祝杯を上げました。

新幹線は走り始めたばかりの「のぞみ」でした。東京まではたったの2時間30分です。車窓からの景色は速すぎて良くわかりませんでした。旅の道中の風景の記憶は、移動する速さに反比例することを体感した瞬間でした。

改めてこの旅を振り返ると、徒歩しか手段の無かった当時よりも電車や車などの交通手段があるので、途中でやめてしまう誘惑が多かった気がします。高速移動手段が発達した現代の、徒歩での長距離の旅ははたから見るとまるで意味は無いのかもしれません。

その後、相棒は大学院を出て研究職で世界を飛び回っています。ですのでほとんど、会う機会はありませんがたまに会うと、時の隔たりを感じさせない「気の置けない」いまでも唯一無二の親友なんです。(おわり)

東海道53次 10~14日目(豊橋宿~関宿)

2015年5月23日

豊橋から豊川、岡崎を抜けて知立へ。そして、12日目に宮(熱田)宿に着きました。熱田神宮の傍の公園にいつものように野宿の場所を探して寝ていると、深夜に物音がしました。「誰だ、おれのところで寝ているのは。」

その声で目が覚めて見上げると、どうやらここを常宿にしているおじさんでした。一言お詫びをして、事情を説明すると「そうか、それなら休んでいきな」と快く泊めて?いただきました。

13日目は熱田宿から四日市宿まで歩き、四日市中央公園で野宿しました。14日目は鈴鹿峠を抜け、亀山を通り関宿へ。ここは歴史的な街並みが残っていて、保存活動も盛んでした。NPOの方が街の説明をしてくださり、日本家屋で宿泊しました。

さあ、明日はいよいよ、旅の最終日、京都の三条大橋へ向かいます!

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